もうすぐ1歳です。
ブログを書き始めて、6月5日でちょうど一周年になります。

 日記なのに、週記になったりと怠慢な管理人ではございますが(総記事数139件 平均2、7件/週、総コメント数217件)沢山の方の訪問とコメントを頂き、ありがとうございました。

 早いのか、遅いのか・・・良き事も悲しき事も色々ありましたが・・・やはり早いのかな?歳取ると時の過ぎるのがとにかく早いのです。
 同じ事の繰り返しが多くなり、そう思わせるのか?歳と共に記憶力が低下して、一日の記憶量が減る事がそう思わせるのか・・・・。
 いろいろな新しい事に挑戦する事で、記憶容量が減っても思い出の数を増やせば、人生は長くなるかも知れない。
 
 長生きは3文の得・・・・・・・? 記憶容量のみならず、誤作動も増えるようだ・・・。
 
 八兵衛の老後は年金もらえるのだろうか・・年金+3文で暮らしてゆけるだろうか?
               果して長生きは得か?
05年ミス・リバー決定
2005年、最も美しい姫に送られる、ミス・リバーが決定いたしました。
多数のエントリーがありましたが、八平衛の独断と偏見により公平?な審査にて決定いたしましたので、只今より発表させていただきます。
 

05年ミス・リバーは・・・・・・・


     05年ミス・リバーは甲斐の国の姫様に決定いたしました。

 本日暇につき05年の写真を整理しておりました、昨年一年間お世話になった姫様たちの写真を眺めておりましたら、一番綺麗な姫はどなたか決めたくなりました、新年早々八平衛の暇にお付き合いいただきましてありがとうございました。

ちなみに八平衛はロリコン・・・・と言う訳ではありませぬが、何故か川では子供が寄って来る・・・次はオネー様を呼んできて、お友達はも〜いいからね、小声で囁き別れを告げる。
試投会
大井川の渡しに構えるエレファントの高橋殿の所に御邪魔した。

バンブーロッドビルダーが集結するという試投会が行われた、地方ではなかなか出来ない企画であろうが・・・・高橋殿の人柄であろうか?そうそうたるメンバーがそろった、角宏さんのロッドも振る事ができた、値段もかなりのものであるが持って驚き振って納得、個人的に欲しい竿のアクションとは違ったのでこの魔力から逃れる事はできたが、この竿に慣れてしまったら、他の竿振れなくなりそうでチト怖い気もした。

 作り手の違いで同じ長さ同じ番手でこんなにも違ってくるものか?昨年原田殿の竿に驚かされたが、また今年も驚かされた、やはり振ってみないと解らない、高橋殿これからも続けていただける事を願う。

 八平衛がお世話になっている原田殿も来場していたので約一年ぶりにお会いできた、竿に関する解らないことや疑問をメールで時々やり取りさせてもらっている、流石にプロ!いつも的確な解り易い答えが返ってきて感心させられる、作り手の顔や思いが解っていると大変心強く安心してバンブーを振り回せる、グランソワール原田さんありがとう、これからも宜しくお願いします。

 リバティベル704のフィーリングで7フィート6インチ出来れば#3,ムリなら#4でもいい、作ってくれないかな・・・・。
除夜の鐘
今日はもう長月最終日、それは川歩きの輩にとっての大晦日。

 数々の煩悩を抱きつつ、河原を行き来したこの一年を振り返り、心ジタバタと眠りに着く長い冬の始まりでもある。
 今宵は本年の百八つの煩悩を消滅させるべく鐘を突く大事な日、来年の解禁を心静かに待つ日なのである。

 神無月でも伊豆の河川では未だ毛鉤を流す事が許されている所も有る、ドライにもまだ出るそうだ・・・・いつ行こうか?早くも煩悩が湧き上がる・・・・・・修行が足りませぬ菩提様尺神様お許しを。

 蜉蝣を巻こうか、トビゲラを巻くべきか・・・今夜も眠れない。
蜂さんは苦手
天魚姫を求めて山奥に行けば色々な生き物達との出会いがある、猿や鹿それに熊(今のところお眼にかかってはいない)蛇に蜂・・・出会いたく無い者も多い。

 小学4年生の夏、午後から近所の悪ガキ連中と遊びまわり汗だくになって帰った八兵衛は水風呂を浴びて至福の一時を過ごしタオル一丁で家の中をうろうろしていた、物干し場においらのパンツが干してあり丁度いいやと取り込んでそのままはいた瞬間、八兵衛はあまりの痛さに跳び上がる、パンツの中からは1匹の足長蜂殿が勝ち誇った様におもむろに現れどこかへ飛び去った。
 八兵衛の右のキOOマの付け根を刺して行かれた、ばーちゃんにアロエを貼られた小学4年生はしばらくの間、玉が3つになり、ガニ股で歩く事を余儀なくされた。

 八兵衛は川にいる時は蜂の羽音に異常な程反応をするらしい。
わらの中の天魚
 八兵衛がフライに目覚めて没頭し始めた頃、9月も終わりに近づいたとある日曜日。

熊さんと朝一番から伊豆の国は先端に程近い渓に入る、水量水温共にベストな状況である。
 今日こそ大物をと意気込んでいる二人であったが、天魚姫の反応は無く影を見ることも無い、昼までにはせめて顔だけでも拝見しようと上流を目指す事にいったん川を上がり川沿の林道をしばし歩く。

 橋を渡ると左手に丸太を組んだ藁葺き屋根の馬小屋らしき建物が現れた、何気なく中を覗くと床には綺麗に藁が敷き詰められ、3尺程の間隔で整然と無数の穴が掘られている、なにやら尾びれが動いたように見え近づくと中にはアマゴ姫が寝ているではないか、中にはつがいになっている姫も居られる。

  エ〜此処が産卵場所?八兵衛は見てはいけない物を見てしまった罪悪感とえらい数の天魚を前に茫然と立ち尽くす、うっかり足音を立てると一斉に姫達は起き上がり、八兵衛を睨み付けるのである。
 あわてて後ずさりして川に落ちそうになったらベットから落ちそうになる八兵衛が目覚めた。

 八兵衛かなり重症な渓流病(天魚岩魚依存症候群)と判明、医者に聞いたが不治の病らしく死ぬまで直らないそうだ、一生この病と付き合って生きていかねばならぬ事となってしまった。
 唯一の治療方は月に二度できれば週に一度は綺麗な清流に浸かり4〜5時間歩く事しかないらしい・・・・・・。眼球の中を天魚が泳ぐ飛天症も現れた。
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田代さんとの出会い、フライへの没頭
田代さんとの出会い、フライへの没頭.

10数年程前だと思われる八兵衛はテンカラとフライの両刀使いをしていた頃、某国営放送でメリケン釣り紀行という番組を見た.
横浜に住むとある兄弟がシルブァークリイクとやら言う川で虹殿に戦いを挑む番組であった、7Xのハリスを使い身の丈尺5寸〜2尺を討取ろうというのである、当時7Xと言えば最も細い糸であり天魚や岩魚を相手にしていてもそんな細い糸はいらないと思っていた、川の周辺を飛んでいる虫は何か、虹殿は何を食べているのか情報の収集と綿密な戦略を立て見事に虹殿を討破るのである。

八兵衛としては力道山がデストロイヤーの4四字固めを凌ぎ討破った時依頼の感動であり西洋毛鉤の奥深さにいたく感服、八兵衛は翌日からとある兄弟(田代先生)の勝手に弟子となりフライにのめり込んで行く。
数年前FFフエスタと言う展示会にて初めての対面をはたす事が出来たが緊張してろくな挨拶もできなかった。
フライマンとの出会い、魚篭との別れ
フライマンとの出会い・魚篭との別れ.

まだテンカラにはまって、とにかく魚を釣りたい一心で飛び回っていたころである.
フライマンといえば解禁直後に大見川のプールで一箇所に留まり、ライズに向かって何度も何度もキャストを繰り返す姿しかイメージに無かった、釣りたければ足で釣れ、3〜4回投げて出なければ次のポイントへ、距離を歩く事で数を釣るという基本を教えられた初心者の私にもあれじゃ釣れないな・・・フライ=釣れない釣り、形だけの西洋かぶれという方程式が何時しか私の頭の中に出来あがっていた。

とある5月の日曜日、天候良し風もなく朝から川を徘徊していた私は、そろそろ昼にしようと車に戻ると、隣に自衛隊からの払い下げ?と思われる、かなり渋いジープが止まっていた.
少し先を覗くと犬をお供にフライの叔父さんがいる、無駄のない動き・藪の多い狭い川であるが優雅でスムーズなキャスティング、但し時々犬が先行して釣りのじゃまをしている.
今でこそフライフィッシング犬と言われれば理解はできるが、当時の私には渓流釣りのお供に犬は理解できなかった.
しばらく眺めていると私に気が付いたのか、お腹が減ったのか車に戻ってきて、おにぎりを頬張るわたしを見ると、ビールを差し出し一緒にお昼食べましょうと誘うのである.
『どうですか釣れました?』今まで川で合った釣り師の挨拶と言えばこれが常道であり、変化をつけるとすれば、魚います?出ます?いずれにしろ釣果をまず伺うのであるが、いきなりビールと昼飯を誘われてしまった。

しばらくすると、山菜を片手に美人の奥さん(話の流れで美人と書いたが昔の事で、顔が思い出せません。)が戻ってきてお昼の仕度を始めた、年期の入ったコールマンのバーナーで沸かしたコーヒーをご馳走になり、別れ際に近くの川に良いポイントがあるよと親切に説明してくれた。
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アマゴ釣りとの出会い
アマゴ釣りとの出い.

もうかれこれ渓流にかよい出して10数年になる。

 仕事先の親方さんである、輝さんが私の師匠である、師匠はテンカラの名人で時々伊豆の川を案内してもらい手ほどきを受けた、駿河の国は藤の里にすんでいる。

 当時は私もまだ若かったので、師匠と二人真暗いうちから河原に立ち暗闇になるまで川から上がろうとしなかった、師匠はユンケルを飲み頑張っていた。
 釣りではいつも私が先行させてもらったが、後から来る師匠の方が釣果は必ず上だった、時々後ろを振り向くといなくなり、又ふと気がつくといつの間にかアマゴと山菜を抱えた輝さんが後ろにいた、とうとう釣果で師匠を
超える事はできなかった。

 伊豆の狩野川ではいつしか本流でフライが解禁になり、鮎が始まると毛鉤釣りは禁漁になった。

 それまでテンカラは暗黙の了解で支流での釣りができた、監視のおじさんにも良く会ったが「釣れたかね?だめです〜」と言う挨拶を交わすだけだった。

残念ながら毛鉤釣りはそれ以降出来なくなった。

 本流のフライが解禁となって、伊豆を知り尽くした師匠は釣りをしなくなり、たまに餌釣りと鮎やっていると言う話を聞くが、釣りに対する熱い思いが当時のようには伝わってこない。

狩野川のアマゴを愛した輝さんは今野菜作りにはまっていて弟子の私はいつしかテンカラを辞めフライにはまっている。
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